日本で一番、茶づくり名人が多い
川根の里から、ティーメッセージ

今年の日本茶最高峰は?
毎年行われる全国茶品評会。
その煎茶関連部門の上位入賞者数。産地単位で競う「産地賞」。
いずれも日本一の実績を積み重ね、
幾多の茶づくり名人を生んできた川根の里から、
お茶を淹れ、楽しむ皆様へ。
メッセージを随時アップしていきます。
皆様の暮らしに、ココロに、
ちょっとした豊かさの新芽が芽吹くことを願って。


茶づくりも。淹れ方も。柔軟に。
難しい今を生きるヒントのような、
ティーメッセージ。

相藤農園
相藤直紀

相藤直紀は、日本一の茶づくり名人となった。
令和2年の第74回全国茶品評会(以下、全品)。
なかでも最高峰の煎茶が競う「普通煎茶4kgの部」に優勝し、
農林水産大臣賞を受賞したのだ。その真骨頂は「柔軟さ」かもしれない。

自らが育てた天下一品のお茶の淹れ方、
普通なら「こう淹れてほしい」と、こだわりを主張しそうだが、
「ご自分でおいしいと感じる、自分流を見つけてもらえれば・・・」
上質な川根茶は、一般にぬるめの湯による抽出が推奨されるが、
「旨みや甘みを求めるならそれでいいし、香りを楽しむなら熱い湯で淹れるのもいい。
その時の気分で淹れ方を変えるのも、お茶の楽しみ方だと思います」

自由に淹れ方を探り、とっておきの一杯に出会う。
「丁寧な暮らし」が見直されている昨今の気運にも、通じるのではないだろうか。
「そうですね。ストレスが溜まりやすい時代ですし、
私のつくったお茶で、消費者の方それぞれの淹れ方で、
喉を潤し、心の渇きも潤してもらえれば嬉しいです」

目指すお茶は?
「山のお茶らしい香りと、余韻が残る味の深さでしょうか」
川根茶らしい爽やかな香り・・・
「まあそうですが、香りの特徴は一概には言えない」
やはり何事も決めつけない。
茶づくりに対しても、しかり。
「地域の自然、その年ごとの気象条件、そして先輩方。
それぞれから色んな視点を学びつつ、何年やっても悩むし、試行錯誤の連続です。
茶づくりに、終わりはないと思います」

毎日茶園を見回る?
「ほぼ毎日。葉の大きさ、ツヤやハリ。
春の新芽が求める養分を奪うような、余分な脇芽が出ていないか。
とにかく観察して水をあげたり、状態に応じてあれこれ考えながら
色々な対処をしています」

相藤直紀は相藤農園の4代目。
そして今回の直紀の受賞によって、昭和・平成・令和と
4代それぞれが優勝・大臣賞を獲得するという、全国でも例のない快挙を遂げた。
そう紹介すると順風満帆に聞こえるが、思わぬ波乱に遭遇する。
直紀は若くして父を亡くし、突然に4代目を継いだのだ。
「祖父や父と一緒に茶づくりをしてきましたから、それなりに自信がありました。
でも、その年の全品は等外。屈辱でしたが、それもそのはず。
先輩方の茶は形状が良く、ツヤがあり、ずっしりと重く、味も香りもまるで違う。
自分が主体になって初めて、
自分には分からないことが多かったと、気づかされました」

仕切り直しの日々。
「先輩方に教えを乞い、栽培も製造(※)のことも改めて学ばせてもらいました」
とは言え、茶園環境も茶樹の状態も千差万別。同じにやっても・・・
「もちろん自分なりにアレンジしていきます。
そもそも先輩方の視点も一様ではありません。
でも、その経験値は私なんかより格段に高い。
ベースには、先輩方の色んな教えがあって、
そこから自分なりに、こうやってみよう、ああやってみよう、と。
先輩方のお茶を見て、この域に達したいと、いつも自分を奮い立たせていました」

こうした歩みが、柔軟さや謙虚さを高めたのかもしれない。
全品の存在も大きかったと言う。
「全品に参加するからこそ、周囲の人たちも一層親身になって
応援してくれたのだと思いますし、
出品茶づくりを通じて自分の技術を高め、
消費者の方々にお届けするお茶にも反映できたと思います」

チャンピオンとなった今も続く試行錯誤。
「父なら、こんな時にどうしただろうと、今でも想像することがあります。
特に近年は気象が変わってきていますから。
例えば今年(2021年)の夏は、長雨でした。
こんな長雨、初めての経験です。
それが、どんな影響をもたらすか。
しっかり観察し、それこそ柔軟に考え、先輩にも相談し、
対処していきたいと思います。
そして、この経験が貴重な経験値となって
来年以降の茶づくりに活かされると思います。」

その時々の自然にも柔軟に対処する。
「今」を生きる私たちの暮らし方にも重なる。
経験値と一緒に、自信もそれなりに積み上がっている?
「いやいや、昨年大臣賞をいただいたことで、今年はむしろ、
それまで感じなかったプレッシャーを感じるようになりました」(笑)

プレッシャーを克服して、再びの大臣賞を狙い
おいしいお茶をつくっていく・・・
「そうですね。うちが茶づくりを代々継いだように、
飲む方も、親から子へ、孫へと飲み継いでもらえ、
『この人のお茶を飲みたい』と思ってもらえたら・・・
 そして、この大変な時節柄の心を癒すことができれば、嬉しいです」

※摘んだ新芽を、「蒸し」「揉み」「乾燥」し、旨みや香りを凝縮。最終製品に近い状態にする「製茶工程」のこと。


茶づくりも、
暮らしの豊かさも、
「思い」あってこそ。

相藤園
相藤令治

いつも紳士的なこの人は、こんな紹介フレーズを嫌うかもしれないが、
令和3年、「相藤令治の破竹の快進撃が続く」。
川根本町と、<JAおおいがわ>の品評会とも優勝し
世界のお茶が競い合う「第13回国際名茶品評会」でも
最高賞となる「世界名茶大賞」を獲得した。
もっとも、驚きはない。
毎年の全国茶品評会でも、上位入賞常連の実力者なのだから。

前回登場した相藤直紀の親戚にして良き先輩は、
茶づくりのキモは「思い」の強さだと、よく口にする。
そこを掘り下げたくて聞いてみた。
「朝採り野菜ってあるでしょう。
養分は夜の間に収穫物に流れ、午後は落ちていくから
朝採るのがベスト。私も茶摘みは朝やります。
農業で一番大切なのは、そうした『適期』。
いつ肥料をやるか。いつ茶樹を整えるか。いつ摘むか。
適期を見極め、適期に行動を起こす。
それを支えるのが茶づくりに対する『思い』です。
一日くらいいいかと、いい加減にやって適期を逃すと、
見た目に大きな影響はないかもしれないが、どこかにひずみが出るものです」

その「思い」をイメージしながら相藤園のお茶を飲むと、よりおいしくなりそう。
「飲む方は、飲む方の『思い』で、お茶を優しく淹れてもらえれば」
優しく?
「ささっと淹れるのではなく、湯を冷ましたり、
ゆっとりとした気持ちで、丁寧に淹れる。
そうすれば、お茶はもっとおいしく飲める。そんな意味です」

淹れる人も優しくなりそうな感じ。
「なになに道(どう)て、あるでしょう。
華道とか、お茶なら茶道や煎茶道。
あれは美しく活けたり、おいしく淹れたりするだけじゃなくて、
それを通じて、その人の生き方が磨かれていく。
同じように、お茶を優しく淹れることで
その人の魅力が磨かれていく・・・・・・そんな気がします」

お茶の魅力や意義も、そのあたりにもありそうですね。
昔と違って、色んな飲み物があふれているなかでの、
お茶の魅力や意義・・・・・・
「お茶は『心の欲求』を満たす飲み物だと思います。
一般的な飲み物は、喉が渇いたとか、口をさっぱりさせたいとか
体の欲求を満たしますが、
お茶は、それに加えて『ゆったりしたいなあ』とか、
心を落ち着かせたい、という心の欲求を満たしてくれる。
それが魅力だし、魅力を大切にしているのが
川根茶だと思っています」

川根茶の、山のお茶ならではの香り高さや
旨みの存在感が「心の欲求」を満たす・・・・・・
「そう。山あいで栽培面積も限られる川根茶は、大量生産できませんから
その意味からも、川根茶らしい魅力を私たちが守り継いでいかないと」

それも「思い」ですね。
「ただし消費者の方は、色んなお茶を飲んでみるのがいいと思います。
そのなかで好みを探すのも、おもしろさ。
他産地のお茶でもいいし、川根茶の中でも味わいは様々だから
違いを感じ、選ぶのも楽しみです。
で、最後に私のお茶に戻って来てくれれば!」(笑)
「実際、さっきもご無沙汰していたお客さんから電話があって、
『今飲んでいるお茶に飽きた、令治さんのお茶が飲みたくなった、
令治さんのお茶は、飽きが来ない』と言われて。
そりゃ嬉しいですよ。
お客さんの心に、私のお茶の味や香りが残っていたんですから」

この人自身も、色んなお茶を柔軟に追求している。
「若い人の中には、お茶の渋みを『苦い』と表現して苦手にする人がいます。」
自然な旨みや甘みが川根茶の特徴。でもお茶らしい渋みもあって、
そのバランスが魅力ですよね?
「年配の人はそう感じてくれますが、若い人は必ずしもそう感じない。
ですから、お茶とはこうだと決めつけず、
製茶やブレンドによって特徴が異なるお茶を提供しています。
お茶の味に慣れれば、若い人もやがて渋みのバランスを
楽しめるようになるかもしれません」

それもまた、消費者に対する「思い」ですよね。
色んな特徴を楽しむ・・・・・・
暮らしの豊かさを見直す昨今の機運にも寄り添えそう。
「例えば、朝はこのお茶。昼はこんなお茶。夕食時は、このお茶。
夜のゆったりした時間は、このお茶。
そうした飲み方も豊かさを生むかもしれないですね。
湯飲み茶わんや急須、湯冷まし、茶缶など茶器も
好みでこだわると、お茶はもっとおいしくなり、
さらに暮らしを豊かにするのはないかと」

日本人は、お酒が苦手な人が多いそうです。
一説によると日本人の4割は、あまり強くないか、飲めないとか。
その意味からも、お茶がもっとクローズアップされていいですよね。
「お酒はお酒でおいしいけれど、気持ちを高ぶらせる面がある。
お茶は気持ちを落ち着かせます。
おいしい、という満足と、気持ち的な満足がある。
そこを感じていただけたら・・・・・・」

発言すべてに、さすがの「思い」があります(笑)
全国茶品評会(以下、全品)への挑戦が、それを育みました?
「自分がどんなにいいお茶だと思っても、第三者に認められなければ仕方ない。
その思いを伝える場が全品です。
もちろんアピールできる場、という「思い」もあります(笑)。
そもそも川根の中でも(私の暮らす)藤川地区は、
全品で上位入賞する先輩たちがたくさんいました。
その茶づくりへの思いを引き継がなければ、という責任感もあります。
いずれにしろ全品に参加していなかったら、今の技術やお茶はなかった。
もちろん「思い」もここまで強くなかったでしょう。
こうして私の話を聞きに来てくれるのも、全品の実績があればこそ。
私の農業人生、ここに帰結するのかな」

そう話すと、「思い」を解きほぐすように、
湯飲みのお茶をゆっくり口にした。


自然と人を結び、
心と心を結ぶ。
お茶の意義を探る“お茶談義”。

松島園
川崎好和

川根路の秋の恒例イベント「川根時間」。(令和3年度の予定は新着情報を)
なかでも「極みの間」では、その年の全国茶品評会で、
川根茶農家のなかでも最上位に入賞した2名が、入賞茶をお客様に直接振る舞う。
そこで配られるしおりで、川崎好和は「川根茶の鬼神」と紹介されていた。
知っている人は、微笑みながら納得。
様々な品評会における幾多の受賞実績に安住せず、
軽妙なジョークを連発しながら、
長年の経験と科学的見地を両輪に、究極の川根茶に挑み続ける。
まさに絶妙な呼び名だ。

目指すお茶は?
「かぶせていない<みる芽>を活かした、香りのある煎茶です」
茶摘み前の数日間、茶園を覆って日差しを遮り、
旨味成分テアニンを引き出す手法が「かぶせ」だ。
「みる芽」とは、特に若く柔らかい、希少な新芽を指す。
「かぶせるとテアニンが先に来てしまい、
川根茶らしい爽やかな香りや、さっぱりした味が出にくいし、
産地や環境の特徴も出にくくなるから、
どれも似たようなお茶になっちゃう。
かぶせは、かぶせ茶の産地に任せて、
川根は、山のお茶らしい香りと自然な旨みを追求すべきではないかと。
香りより味だと思う人もいるでしょうが、
鼻をつまんでおいしいものを食べてみて。おいしくないから。
ある有名シェフも、料理は香り8割だとテレビで言っていました。
お茶も最初にいい香りが来てこそ、一層おいしくなるんです」

まなざしはブレることなく、産地の将来も見据えている。
「日本の他産地や世界のお茶、そして色んな飲み物と川根茶が競い合うには
香りがあるみる芽の煎茶で行くしかありません。
何と言っても、この寒暖差や雨量、空中湿度、土壌などの自然環境は
他ではマネのできない、輸出も輸入もできない川根だけの特徴で、
それを活かせるのが川根茶の強みなんだから」

ワインの世界で言う「テロワール」ですね。
「そう。フランス人の知り合いがうちに来て言ってました。
『フランスのワイン産地にはワイン街道があり、いつでもおいしいワインが飲める。
川根にも、お茶街道があっていい』と。

理想の川根茶を追求するこの人は
常に「お茶は年に1回のものだから、
年に1回しか課題にトライできない」と、よく話す。
摘むなら今日だ、という2021年の某日。
何十人ものお茶摘みさんが集まって手摘みを始めると、
雨が降ってきて中断。濡れた新芽は、製茶工程に入れられない。
雨が上がって、水滴を飛ばして再開したら、またすぐ雨・・・・・・。
年に1回の貴重な日に、この状況。
イライラしても不思議ではないのに、当の本人は苦笑いして泰然自若という感じ。
「内心はイライラしてました(笑)。
でもね、お天道様が相手だからイライラしたってしょうがない。
どんなお茶名人でも、手を掛けられるのは2割。
残り8割はお天道様
(自然)次第。それが茶づくりです」

現代の暮らしは自然と触れ合う機会が少なく、
自然と接したいというニーズが高まっていると感じます。
川根茶を飲むことは、その解決のひとつになりますか?
「この自然環境の中で地面から生まれたものの、
最高の成長点を、飲む人は楽しめますからね。
そもそも人間も動物だから、自然と無縁ではありえない。
しかも動物は群れるものだから、人と人の繋がりも大切。
お茶の存在意義は大きいと思います」

人と人を結び付けるのも、お茶?
「お客様が足を運んでくださる。
緊張と喉の渇きを癒すために、冷ました湯を急須に入れ、
丁寧にお茶を淹れてお出しする。
そのお茶のおいしさと、お点前が歓迎のしるしです。
ペットボトルをボンとテーブルに置かれるのと比べて、どう?
わざわざお運びいただき、ありがとうという、おもてなし感があるでしょう。
この時、お茶がおいしければ『どこのお茶ですか?』と、お茶談義が始まる。
そして気持ちが解きほぐされて、商談でも会話でもスムーズになり、
人間関係が育まれる。
そのためのツールが、昔からお茶でした」

ソーシャルディスタンスの時代、そんな機会が減っています。
「だからこそ逆に、人と触れ合いたい思いが世の中に溢れている。
お茶を淹れてもてなす行為も、トレンドになるかもしれません」

そうなってほしいです。
「生まれた時からデジタル社会で何でもでき、何でも揃ってる時代。
でも<感動>はどうだろう?
私たちの頃は電話やテレビ、自動車が登場していき、
その都度<感動>がありました。
そんな背景からか、今、若い人の間でアナログや昭和がブームらしい。
その意味からもお茶がトレンドになり得ると思います。
人と会い、目の前で急須でお茶を淹れる。
お茶が抽出されるまで時間があり、そこで会話がある。
その時間やゆとりが<贅沢>になり、<感動>にもなるんです。
やがて、もっとおいしいお茶を求めるようになり、そこで川根茶。
『大井川の上流、寒暖差が激しい山里で採れたお茶で・・・・・・』
と、お茶談義の内容も深まります。

私たちの情報発信も大事ですね。
「体験の場がほしいですよね。さっきのお茶街道の話のように
川根の自然を実感しながら川根茶を飲む体験をすれば、
自宅で飲んでも情景が浮かび、自然を感じられる。
お茶談義にもストーリーができる。
だから私たちは<川根茶縁喫茶>をやっているわけです。

(川根茶縁喫茶=茶農家が縁側を開放して川根茶を振る舞う、おもてなし活動)
そうした流れを作るには、我々ももっと勉強して、
より良い川根茶をつくり続けないと」

そのポイントは?
「土。土には微生物がいて・・・・・・」
土をめぐる問題意識をロジカルに語ってくれ、
ジョークも散りばめられ、取材者一同、聞き入ってしまった。
※ただしお話は長くなるので、下のコラムで要約してご紹介します。
川根の自然に包まれながら、この人の川根茶を飲みながら、
その軽妙にして本質を突いた「自然観」「社会観」に耳を傾けるのも、
ちょっとした贅沢かもしれない。
SDGsという言葉が広がる、はるか昔から
川根茶の鬼神は茶づくりと環境の「持続可能性」を見つめている。

川崎好和が語る、「土」(編者の要約)

  • 茶づくりの土は、山草などの有機物を敷き、国会の絨毯のように、柔らかく、フワフワしていることが肝心。
  • 土が固いと、根が深くまで張ることができない。
  • それは、作物に最適なバランスの良い土壌にまで、根が届かないことを意味する。
  • 水も空気も届きにくく、根が呼吸できない。
  • 固い土は、雨が少ないとすぐ乾き、多雨になると水はけが悪い。
  • さらに大切なこと。バランスの良い土壌では微生物が育つ。
  • 微生物は肥料を分解してくれる。それによって茶樹は栄養分を効率よく吸収できる。
  • 土が固くて根が深くまで張れないと、その自然の恩恵を受けられない。
  • やはり茶づくりの土は、柔らかくフワフワしていることが肝心。

  • また土の中では、多様な有機質が人間では分からないレベルで複雑にからみ合い、そのトータルバランスが作物に好影響を与えている。
  • 一部の栄養素だけを化学的に合成した肥料に頼ると、そのバランスが崩れる。
  • 肥料は環境にやさしい有機質のものを使い、土本来の自然のバランスを守り、そのトータルな力を活かすことも、土づくりのポイントだ。

逆境を強みに変える。
天空の茶園から、
時代に贈るエールのようなティーメッセージ。

つちや農園
土屋鐵郎

昭和38年の全国茶品評会。
町内水川地区の茶農家が集う研究会「水川農事研究会」の一員として、
最高賞の「農林水産大臣賞」を、その実績から翌年、
茶業界初となる「天皇杯」を受賞。
平成に入ると個人で2度の農林水産大臣賞。
紛れもない川根茶レジェンドの一人は、
しかしいつも逆境と対峙してきた。
舞台は、川根茶園の中でも最も天空に近い標高約600mの、急峻な山の斜面だ。

変な質問をしてみた。生まれ変わっても茶づくりをしたいですか?
「平らな所ならね(笑)
山の茶園は急斜面だし、茶樹には強い風や寒さが襲うし、動物もいて・・・・・・」

機械化もできませんしね。でもそう言いながら、今の場所でやりそう。
「まあそうだね。苦労は多いけど、おいしいっけよ、と言ってくれる人がいるから。
平坦地でどんなに頑張っても、この山のお茶はできない。
昼夜の寒暖差が激しくて、そのせいもあって朝の茶園には、
露がいっぱい付いている。こうした環境でしか生まれない特徴があるんです。
だからお客さんも来てくれて、喜んでくれて、
苦労をおぎなって余りある楽しさがありますよ」

川根本町役場のある里から、山道を車でさらに15分ほど登る、
半ば秘境のような場所に、この人のお茶を求めて
わざわざやってくるファンは確かに多い。
その山のお茶の特徴とは?
「香り。山のお茶は香りが一番大事」
旨みや甘み、余韻の長さも秀逸なのに、潔く「香り」と
言い切った天空のレジェンドは、その茶園と同様、
平坦ではない道なき道を歩んできた。
「昭和30年代中頃までは、こんな寒い高地でいいお茶ができるわけがないと
言われ、実際に町の品評会でも
(審査テーブル上の出品茶が)下へ下へと、
審査員でもない人に下げられたものです。それで、今に見ていろ!と」

どんな対策を?
「山草を敷いて茶樹の根を寒さから守り、風除けを設け、
肥料も皆が使うものだけでなく、
魚屋さんからもらったアラを煮て発酵させた
独自のものを作って入れてみたり。
他にも皆と違った工夫を色々とやり、3年程したら上位の常連になりました。

寒い高地ではダメだという常識をくつがえしただけでなく、
「寒暖差」や「水はけの良い斜面」といった
今日、明らかにされている川根茶の強みを、
天空の茶園がいち早く気づかせてくれた・・・・・・
「そこまでは言えないが、皆さんの見方は変わりましたね。
水川農事研究会の存在も大きかった。先輩方のお茶の揉み方や
そのときどきのお茶の状態などを覚えて、家の機械で真似たり。
あの人たちには足を向けて寝られない程、勉強させてもらいました」

自慢のお茶ができても、天空ならではの逆風は止まない。
一般に新茶相場はGW頃までがピーク。
それより芽吹きが遅い寒冷地産は、高品質に見合った値が付かないのだ。
「こんないいお茶に、なぜ値が付かないのかと、くやしかった。
この時も『もっと低い所でやらないと
(茶摘み時期を早めないと)
値が付かないよ』と言われたものです。
その頃から
(一般的な流通ルートではなく)お客さんに
直接通信販売するようになっていきました」

おかげで前述のようにファンの輪が広がり、
品評会の実績もあってテレビや雑誌の露出機会が増え、
知名度を高めた現在でも、大変な手間のかかる
「茶草場農法」(山草を刈り、干し、茶園に敷く)を継続。
川根茶園でも数少ない、世界農業遺産「静岡の茶草場農法」の
生産者に認定されている。
茶園がここまで寒冷地でなかったら、茶草場農法は続けなかった?
「いや、続けましたね。草を入れる目的は防寒だけでなく、
保湿や雑草を抑えるとか、腐食して有機質の栄養になるとか。
その効果はどこでも共通に得られますから。
草を入れればお茶がおいしくなる、というわけではないが
草は、養分を吸収する健全な根をつくる。
スポーツ選手がいい成績を出すために体をつくるのと同じです。

ただでさえ苦労が多い山で、手間のかかる農法・・・・・・
「この環境でしかできないお茶に、こだわって飲む人がいる以上、
こちらもこだわってつくらないと」

山の茶づくりの極意は、こだわり。
「それと愛情。人間だって寒ければ服を着る。
茶樹も寒そうなら、人間がマフラーを巻くように草を敷いてやる。
風が強ければ防風ネットを張って、葉が落ちないようにする。
愛情がなければできません」

逆境を克服して素晴らしいお茶をつくり人がいるのと裏腹に、
急須でお茶を淹れる習慣が、特に若い人の間で薄れています。
「ここに来るお客さんは、皆急須を持っているし、
『鐵郎さんのお茶が飲みたい』と来てくれる若い人も増えています。
だから習慣が薄れているとは、私は思えないなあ。
もしそうなら、言ってあげたい。
お茶が好きなら、急須で淹れないと、お茶本来の味は分からないよ。
香りを楽しみたいなら、旨みを楽しみたいなら、
急須でゆっくり淹れて飲んでみて」

お茶を楽しむという意味では、つちや農園は色々な品種茶も手掛けていますね。
それも環境を活かしたこだわりから?
「お客さんの好みに応えるためもあるけど、
香りも味も色合いもそれぞれに違うから、やっていておもしろい。
それに品種ごとに芽の出るタイミングが違うから、
うちのように家族で摘み、小さな機械で製茶する農家は助かります。
お客さんから『あの品種はどう?』と問合せがあったりすると、
品種茶をやってて良かったなあと思います。

お話が終わって一息ついていたら、
天空のレジェンドは、早くも茶園の急斜面に出て、何かの力仕事をしていた。
逆境を香り高い強みに変える日々が続く。


舞台裏は、熱く。
幕が上がれば、クールにあたたかく。
万事に通じそうな、ティーメッセージ。

丹野園
丹野浩之

「お茶馬鹿だよね」と言われても、本人は否定しない。
平成15年、41歳の若さで全国茶品評会に優勝し、
農林水産大臣賞を受賞して以降、
それも含め3度の大臣賞など数々の輝かしい実績のせいか、
この人は、いつもお茶の事ばかり考えているように見える。
実際、お茶を語り出したら止まらない。熱い。
でも、その先では・・・・・・

どんなお茶を、目指しています?
「飲んで癒されるような、優しいお茶」
品評会で優勝するお茶、という回答予想は外れた。
優しいお茶とは?
「おいしいとか、感じさせないまま、
すーっと体に入ってきて、気がつけば癒されている、
そして自然におかわりしたくなる。そんなお茶です」
「おいしくてインパクトのあるお茶は、
川根を含めて全国にたくさんあります。
でも、それすら感じさせず、ただ癒されていく」

語り口こそいつも通り熱いが、「癒し」というまなざしには意表を突かれた。
ただし、簡単な道ではなさそうだ。
「自然相手で毎年気候も違いますからね。
まして安定した品質を保つのは難しい。
どんなに手間やコストをかけても、目指す到達点にないと感じるお茶なら
ランクを下げて出すしかありませんし」

ワインにヴィンテージがあるように、
その年の個性を愉しむ、という価値観があってもいいかと・・・・・・
「あくまで許容範囲の品質を前提にして、
『今年は、こんな気候だったから、こんな特徴がある』と
お客様に説明することは、確かに大切ですね」
「お茶はね、一番のピークに芽を摘んで適切に揉めば、いいものができます。
で、化学肥料を使えばピークをある程度コントロールできる。
でも、私たちのように有機肥料中心だと、そうはいかない。
ピークは自然が決める。それを見極めるのが私たち。難しいけれど」

そうしてつくったお茶で、人を癒すことができれば、茶農家冥利ですね。
「実際に先日、優しいお茶ですね、と言われました。
若い人で、しかも男の子。嬉しかったですね。
最近は、若い人の方がストレスを溜めているように感じますが、
そういう人たちを、癒していきたい」

でも、先日の川根茶を振る舞うイベントの時、
自宅に急須がないと言った来場の若い女性に対し、
「ティーバッグで飲めばいい」と言ってましたね。
あそこは、急須で淹れることを推奨してほしかったなあ。
「最初はティーバッグでもいいんです。
それでお茶を知って飲むことが習慣化すれば、
やがて急須で淹れて飲んでくれますから。
それに川根茶は、原材料が良ければティーバッグでもおいしい」

茶づくりの話になると熱い視線は、
飲む人へ向けると、お茶のように、あたたかかった。
それでも話題が品評会におよぶと、闘争心を隠せない。
「地域の先輩たちに勝ちたかった。
初めて優勝した時、私の出品したお茶の葉には
顔が
(鏡のように)写りました。
それだけツヤがあったんです。
あんなお茶は見たことないと、今でも言われます」

どんな取り組みで実現させたのですか?
「まあ、あのお茶は実力と言うより
事故
(色んな偶然の幸運が重なった奇跡の意)でしょうけど。
ただ、高校を卒業してすぐ、祖父から『手揉み』を厳しく教わり、
『シトリ』の感覚を身に付けたことが大きかったかもしれません」

小学生の時に父を亡くした丹野は、その遺志を継ぎながら
祖父のもとで鍛錬を重ねた。
「機械で揉む時も、手揉みで覚えたシトリの感覚が活きています」
シトリとは、摘んだお茶を揉みながら乾燥させる製茶工程で
茶葉の表面も内部も、程よい水分が均一に保たれた絶妙な状態を言う。
製茶時の一番のキモと言ってもいいポイントだ。

品評会に出品するだけでなく、出品茶の入札会にも
常に参加していますよね。毎年開催地が異なるのに・・・・・・
「実際に他の受賞茶を見て、触って、
自分のお茶との違いを確認したいから」

しかもその結果を地域にフィードバックしている。
「情報共有して、今後の対策になればと思っています。
私はそうして地域貢献をしていきたい。
体にガタがきているし、今後も品評会に出品できるか分からない。
だから若い人が出品するなら応援したいし、
川根茶は常に入賞、できれば一番じゃないと。
そのためには『チーム川根本町』でやっていかないと」

熱く語る。でも地域に向けた視線も、あたたかい。
とは言え、品評会への野心も健在。
近年、手摘み中心の部ではなく、
機械摘みの部に出品している理由を聞いてみたら―――
「腰が痛いし、色んな面で手摘み茶の出品は大変。
でもね、手摘みと機械摘みの両方で日本一になった人はいない。
だから機械摘みで頂点を狙っているんですよ」

品評会の話は尽きない。もうアツアツ。しかし―――
舞台裏では熱くても、表に出たら
情熱や苦労をおくびにも出さず、涼し気で、あたたかい。
思えば、川根茶農家共通の特徴だ。
そして、どんな仕事にも通じる、
極意のようなスタンスかもしれない。


日本一の茶づくり
名人から、あなたへ。